執筆者について
 今関淳子
  1.緑茶はナミナミ…
  2.缶入り緑茶を…
おちゃのこさいさい
家訓その2 缶入り緑茶を買うのは殿様なり
今関淳子

 古い友人と出会って昔を懐かしむように、緑茶に対しても「あの時から変わって し まったのね、私たち。もう元には戻れないのね……」と思うことがある。いや、今やこの問題を抱えているのは、私だけではないだろう。日本人と緑茶との関係が劇的に変わった事件、それは間違いなく「缶入り緑茶」が飲まれるようになったことである。

 私にとって缶ジュースを買うことは、すなわちオレンジジュースやサイダーなど「家では絶対に飲めないもの」にお金を払うことだった。紅茶や烏龍茶、ましてや緑茶を缶で買うことは屈辱的なことですらあったのだ。

 ところが、である。お年ごろになり、「私って、もしかしてちょっぴりファッティ?」なんてことが気になりだすと、カロリーの高い飲み物は「悪そのもの」。自販機の前に立つと、必然的にジュースよりはスポーツ飲料、スポーツ飲料よりはお茶になってしまう。「背に腹は変えられぬ」とはこのことである。

 緑茶だけではない。当時セブンイレブンの登場に衝撃を受けていた我が家は、「コンビニのおにぎりが売れている」という事実には腰すら抜かしたのだ。「ばっかみ た ーい。おにぎりなんていくらでも家で食べれるじゃん!」。CMを見ては、口々にそう吠えたものである。

 その後、一人暮らしという自由の城を手に入れた私は、コンビニのおにぎりを何の躊躇もなく買うようになってしまった。今や日に3度はコンビニに行くコンビニ依存症の私だが、この期に及んでも、やはり缶の緑茶を買うことは罪深い気がする。

 いや、買うのである。むしろ、おにぎりよりも緑茶を買う方が頻度は高い。そのくせ「缶の緑茶を買うなんて、私も大人になったのね」とか「いいのよ、私はブルジョワOLだから」などと、よく分からない言い訳を自分にしている。しかし、結局のところ毎日のように買っているのだ。アホである。

 この後ろめたさは、私が「缶ビール同様、缶のお茶はまずい」と怒るグルメだからではない。「緑茶は、基本的にタダ」だと思っているからなのだ。がびーん。なんというケチいずむ。関係者の方々ごめんなさい、いやいやまことに…などと形ばかりの反省はするものの、やっぱりなんか勿体無い。考えてみると水もそうだ。よく「日本人は水と安全はタダだと思っている」と言われるが、緑茶もタダだと思ってたのね。 ああ、私、私。緑茶さんに対して何て失礼を。うう。

 大好きな寿司屋でも吉野家でも、お茶はタダだ。空気のような自然さに慣れていた緑茶が、お金を出して一本、また一本と買ううちに、いつの間にか家ではあまり飲まない、遠い存在になっていたのかもしれない。そのうち、紅茶専門店みたいな緑茶専門の喫茶店が出来たりして……。ということは缶入り緑茶って高級化への一歩だったの?そうか、緑茶君もとうとうねえ。ほうほう。幼なじみが出世したような、そんな誇らしさと一抹の寂しさを感じたりして……。

 いや、待てよ。最近私が家で緑茶を飲まなくなったのは、ひとえに「お茶の葉を自分で買うと高いから」。間違っても缶緑茶を飲むようになったからではない。その証拠に、会社では毎日緑茶をガブ飲みしている。ん?「缶緑茶と日本人」という壮 大 なテーマだったのに、実はあんまり関係なのかしら…ん…?

 皆さんは、缶入り緑茶、飲んでますか?

おちゃりんくTOP

おちゃりんくTOP