執筆者について
 今関淳子
  1.緑茶はナミナミ…
  2.缶入り緑茶を…
おちゃのこさいさい
家訓1 緑茶はナミナミと注ぐべし
今関淳子

 まだ家の近所に空き地がたくさん残っていた頃、母と一緒にヨモギの葉を摘んだことがある。子供ながらに「こんな雑草集めてどうするんだろ」と訝しんだものだが、やがてそれは大好物の草もちに変身して私を驚かせた。3歳上の姉は「ママ〜の手〜は魔法の手〜」とお気に入りのCMソングを唄い出し、私は草もちをこねる母の横でぴょんぴょんと跳び跳ねていた。大きな草もちの横には、これまた大きな寿司屋の湯呑み茶碗にナミナミと緑茶が淹れられ、テーブルの上はにわかに緑に染まった。ガラス窓に映る空はどこまでも青く、私はそのコントラストにみとれた。そしておもむろに「今日はカレンダーに花丸をつけよう」と心に決めた。それほど完ぺきな日曜日だった。これが私の「緑茶の原風景」なのだろうか。家族での思い出というと不思議なほどいつもお茶のシーンがついて回った。

 今は私も姉も家を出てしまい、家族はそれぞれに暮らしている。しかし家に居る時分、私には「お茶当番」という立派な役職があった。別段茶の目利きだったわけでも、お茶淹れの達人だったわけでもないが、とにかくお茶を淹れるのは私の役目だった。今にして思えば、末っ子の私に任せられる一番簡単な手伝い仕事だからかもしれない。私は御家族御茶時目付役(?)としては、ゆうに10年以上のキャリアはあるのではないだろうか。

  がさつな私に任せておくぐらいだから、家族のお茶に対する要求は極めてシンプルだ。お茶はナミナミとあればそれで良かった。大量のお茶菓子を用意してのんびりお茶を楽しむことは、だらだらと話し続けるための言い訳だったのかもしれない。私たちはお茶菓子をぱくつきながら、その日あった面白い話、友達のこと、TVドラマの批評、次の旅行の話などをいつまでもいつまでも話し続けた。深刻な話の時も単なるおしゃべりの時も、私たち家族の手にはいつも大きな湯呑み茶碗があった。

 その後私は寮暮らしを始め、我が家の湯呑み茶碗の大きさが他所様と桁違いなのだという事実に驚愕する。しかし私は今でも、お茶は寿司屋の大きな湯呑み茶碗で飲まなくては気が済まない。湯呑み茶碗たるもの、どんな話でも一通りできるほど、つまりすぐには無くならない量のお茶を注げなくてはならないのだ。そう思ったら急に草もちが恋しくなった。たまには家に帰ろうかな。

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